パンデミック以降、映画館業界は観客減少に苦しむ中、劇場体験の「アップグレード」に数十億ドルを投じています。リクライニングシート付きの劇場や食事を楽しめるシネマ、アルコール提供など、「ただの映画」から「体験」への転換を図る動きが加速しています。
■ 映画館は“体験型施設”へ──2,200億円の大規模投資
2023年9月、米国とカナダの大手8チェーンが、3年間で合計22億ドル(約3,190億円)を投資し、劇場設備のアップグレードを進める計画を発表。
- AMC:今年だけで2億ドル(約290億円)を投資
- Cinemark:2億2,500万ドル(約326億円)を投資
アップグレード内容には、レーザープロジェクター、臨場感ある音響、より快適な座席、グルメな飲食、ボウリングやゲームコーナーなどの家族向けエンタメ要素が含まれています。
■ しかしその裏で、劇場閉鎖が加速
アップグレードが進む一方で、多くの映画館は閉鎖の波に直面しています。
- AMC:パンデミック以降、192館を閉鎖、62館新設 → 実質130館減少
- Regal Cinemas:約40館を閉鎖
- CMX Cinemas(Cinemex傘下):一部施設の売却や閉鎖を検討中
米国内のスクリーン数は、2019年から14%(5,691スクリーン)減少しています。
■ 観客数減少と収益モデルの矛盾
映画館の主要な収入源は、実はチケット代ではなく「飲食売上」。
チケット収入の大半は配給会社に支払われるため、観客が来なければ収益を確保できません。
かつてはポップコーンとドリンクで数百円だったものが、今では「飲食付き映画鑑賞」で1人あたり30ドル(約4,350円)かかるケースもあります。
「映画館は今や“ポップコーン宮殿の強化版”だ」と、不動産コンサルタントのGreensfelder氏は皮肉交じりに語ります。
■ ROI(投資対効果)はあるのか?
Greensfelder氏は「投資をするということは、それが“採算に合う”と経営陣が判断しているから」と説明。上場企業や多額の借入を抱える運営会社は、投資家への成果を求められています。
ただし、映画館閉鎖が「映画を観に行くという習慣」そのものを損なう可能性も指摘されており、将来の需要を奪うリスクも孕んでいます。
■ “行かない理由”が増えていく
近年では、以下のようなトレンドが劇場への集客を妨げています:
- ストリーミングサービスの普及
- 新作映画の魅力低下
- パンデミックと労働組合のストによる製作スケジュールの乱れ
- 代替エンタメ(ピックルボール、室内ゴルフ等)の台頭
テキサスやアイオワの地方都市で閉鎖を進める中、若者世代は「映画館に行く」という行動自体を忘れつつあります。
■ 終わりが始まっている? 売上はコロナ前より大幅減
2024年の米国内映画興行収入は**87億ドル(約1兆2,615億円)**で、前年比3.3%減。インフレに応じてチケット価格が上がっているにもかかわらず、観客数は30%以上減少しています。
このままでは、業界全体が「設備に頼って価格を上げるが、顧客習慣は戻らない」というジレンマに陥る恐れがあります。